車の「ましる まがる とまる」を考える
ここまで読み進んできたあなたは、すでに運転のしかたそのものについては理解できたことでしょう。しかし、それはパソコンで言うなら、道具としてひととおり使いこなせるようになったとぃうにすぎません。
パソコンならソフトウェアを含めて、中身の仕組みまで知る必要はないでしょう。ところが、クルマは使うという行為自体に自分が全責任を負わなければならず、何かあったときには自分が直接の当事者になります。
ですから、安全をより確実なものにするためにはクルマの動きそのものについても基本的な理解が欠かせません。クルマがなぜ走り、曲がり、止まるのかを知っていれは`、いざというときに大きな差が出るはずです。
ハガキ4枚に託す命
走行中のクルマには、日には見えなくても物理の法則が働いています。その法則は人間が勝手に変えたり、抑え込んだりすることができません。
クルマを加速させたり、減速するときには“慣性の力”が働き、カーブを走っているときには遠心力が働きます。遠心力は、クルマに対してドライバーが意図した走行ラインからそれようとする働きを及ぼします。これらすべての力に対抗するのが4本のタイヤによるグリップ、すなわち路面への粘着力です。
粘着力はタイヤが道路の表面と接している部分で生み出されますが、その面積はタイヤ1本当たり僅かハガキ1枚くらいのサイズにすぎません。粘着力はグリップ係数によって定義づけられます。グリップ係数は互いに接触する2つの物質とそれらの状態によって変化します。クルマの場合はタイヤのゴムと道路の表面(大半はアスファルト)がそれに当たり、数値はアスファルトの表面が乾ぃているか濡れてぃるか、雪や氷に覆われてぃるかなどで違ってきます。
ザラザラとツルツル
ここで、車輪が動かないようにロック(固定)されているクルマを思い浮かべてみてください。この状態でクルマが動くとすれば、外から押したり引いたりするのに充分な力が加わって、アスファルトの上をズルズルと滑り出したときです。
もしその力がクルマの重量(車重)と同じだけ必要ならグリップ係数は1.0です。同様に、もし車重の半分しか必要ないなら0.5、車重の1.3倍必要なら13となります。アスファルトのグリップ係数は以下のように変化します。最も数値が高いのは、グリップカの大きな専用の舗装を施されたアスファルト(つまリサーキットのようなところ)とレーシングタイヤの組み合わせで、1.3。ところが、同じアスファルトでも一面の氷や固く締まった雪で覆われた道路では0.1ないしはそれ以下まで低下します。
雪や氷の上は極限状態
理論上、グリップ係数1.0の道路では100km/h で走行しているクルマが完全に停止するまでに、車重とは関係なく最低でも393mかそれ以上の距離が必要になります。ただし、この数字にはドライバーの反応時間が含まれていません。
それが同じ 100km/hからでも氷の上だと393m、実に10倍にも延びてしまいます。もう一度整理すると、停止距離はグリップ係数に反比し、車重には関係がありません。いずれもブレーキの性能が、ある程度グリップイ系数の高い道路で強く踏むと車輪がロックしてしまうほど強力であれば、という前提での話です。
停止距離はまた、速度の2乗に比例します。つまり、上記と同じ乾いたアスファルト上であっても、ブレーキを踏み始める速度が60km/hと低ければ停止距離が14.lmへと大幅に短縮され、反対に 120km/hからだと566mへと一気に延びてしまいます。言うまでもなく、いま運転している道路のグリップ係数がいくつなどという、便利な表示はどこを探してもありません。また、グリップ係数はタィャの品質や接触面積の広さによっても多少は変化するものです。したがって、以下に掲げたのはあくまでだいたいの数字にすぎませんが、一応の目安として覚えておくとよいでしょう。
以上のことから、次のように結論づけることができます。道路状況が滑りやすくなったときでも、ふだんと変わらない安全を保つためには、いつもよりはるかに遠くを見て運転するか、速度を落として運転するかのどちらかしかありません。
しかし、そうした状況では同時に「止まる」以外の能力も低下しているため、実際には両方一緒に行ったほうが良いのです。ところで、念のために付け加えておけは、停止距離は車重に左右されないと書きましたが、特定のグリップ係数のもとではやはり車重にも比例することがあり、その結果、重いクルマほど止まりにくくなるということを、どこか頭の片隅にでも入れておいたほうが良いでしょう。